今回は、僕のCHILDHOODの中で経験した病について紹介し
ます。 この出来事は、ちょうど4歳を迎えたばかりの正月の出来事でした。 最初は
風邪と同じ症状でしたが、夜、寝床につくときに、背中が痛んだのを覚
えています。 息がしづらく、高熱が続いていた状態で、正月だったため
、病院もほとんど開いていなく、何とか辿り着いた病院では、ただ
の風邪だと診断されました。 しかし、一向に熱もひく様子もなく、背中
の痛みで、夜寝るときに、息苦しい状態が続きました。 何件か病院
を回っても、ただの風邪と診断されましたが、 両親がこれは何かおかしい
と、福岡の徳州会病院(大きな病院)に僕を連れて行きました。 そこで、やっと
膿胸という病気だという事実がわかったのです。 僕もそのときはもう意識は
ありませんでした。 その前までは今でも、何となく覚えています。
担当の病院の先生は、両親に覚悟を決めるよう言われたそうです。
膿胸とは簡単に言うと、胸に膿がたまる状態です。 レントゲンを撮ったら左胸が真っ白でした。
早急に処置が必要で、酸素テントの中で、麻酔無しで管を胸に通し、膿を取り除
きました。
一段落しましたが、まだ油断はできない状態が続き、 だいぶ落
ち着いてきたときに、医者からの話で、このまま手術をしないで、抗生
物質投与で病気は治るが、これから成長していく上で、体育の授業など
での運動は見学になるとの事でした。 僕はこの病気になる前からバス
ケが大好きでした。 一番の理由は父親がしていたことで、ユニフォー
ムを着て写真をとったのも覚えています。 そんな父親が、男の子が運
動できないことなど、そんなにつらいものはないと、すぐに手術を行う
ように頼んでくれました。 そして、手術前日、両親は僕が怖がるとい
けないと思い、手術の事は伝えず、僕は何も知らないまま絶食になるの
で、手術前の最後の食事、大好物だったビーフ丼を食べました。
そして手術当日、 幸運にも、たまたまその時期にアメリカから帰国
していた外科医では名医の、高橋先生という方が、僕の手術を担当し
てくれる事になったのです。 予定していた時間より長引きましたが、無事に手術は
成功しました。 僕は手術をしたなんて分かりませんでしたが、このお
医者さんが自分の病気を治してくれたのだと思い、手術直後、(ありが
とうございました。)と言ったのを覚えています。 その言葉を先生は
すごくうれしかったと両親が言っていました。 普通だったら麻酔が効
いているはずなのに、その時だけは意識があったのを今でも、不思議と
覚えています。 本当に高橋先生には感謝しています。 そして両親も無事に手術が
成功してすごく安心したそうです。 また、手術当日は偶然
にも父親の誕生日でした。何か力をもらったのかもしれません。 こう
して考えると、不幸中の幸いではないけど、いろいろな意味で運があっ
たんだなぁと今になって思います。
入院中の出来事では、母親の妹が結婚しました。その期間は家族も忙
しく、自分の面倒を見ることも忙しかったと思います。そんな中、父親の方の
おばあちゃんが僕に付き添ってくれました。 結婚式当日も、式には行
かないで僕の面倒を見てくれました。僕に瓜二つで、そっくりです。
そんなおばあちゃんが、一昨年、1月にガンで亡くなりました。
今まで元気に生きてきたのに、、、突然の出来事で、僕もショックでした。
おばあちゃんがあの時、自分の面倒を診てくれた分、少しでもおばあちゃんの
面倒を診てあげたかったけれど、残念でした。。。
でも、精一杯頑張ってくれたと思います。
迫力あるかっこよくて、綺麗なおばあちゃんでしたから。
今も天国で、元気で見守ってくれていることと思います。
そして、今現在、僕は大好きなバスケを続けています。 ストリートバ
スケのリーグ、Legend(
http://www.streetlegend.jp/)でPLAYし
ています。 病気がちだった子供のころから比べると、体も丈夫になり
ました。^^ もちろん、体調管理には人一倍気を使っていますが。。。
家族、友達、先生方、お世話になったすべての人たちに、自分が今、元
気でバスケをやっていることを、喜んでくれているのが、僕の一番の幸
せです。
そして今現在、僕と同じ病気(膿胸)で苦しんでいる子も世の中に
は少なくともいると思います。中には、治らない病気で苦しんでいる子
供もいます。 そんな子供たちのためにも僕は、精一杯バスケをPLA
Yしています。 少しでも自分のバスケを見て勇気をもらってくれたら
幸せです。 何不自由なく、育っていく子供が普通だと思いますが、
何かしら病気で苦しむ子供も少なくはありません。
大事なことは、病気に立ち向かう
勇気だと思います。
落ち込むことは沢山あると思うけど、そこで終わらないで強い意志、
希望を持つことが一番大切です。
病気の時は何で自分がと疑いました。 けれど、絶対に頑
張って治ってみせる。 元気になってバスケをする。 そういう気持ち
を持っていました。 周りの人々も子供にそういう気持ちを持たせる
ことが、大切なことだと思います。 人間は自分が弱ったり、落ち込ん
だりしている時こそ、周りの人々の力が普段より大切になるような気が
します。
最後に。 僕は病気で成長できた事が沢山あるし、
何でも前向きに頑張れるようになれたと思います。 入院中は本当に沢山の人に助けられました。 沢山の勇気・希望をもらいました。 そして、沢山の心配もかけました。 僕がもっと丈夫な体だったらと今でも思います。 手術の痕は今でも
僕の背中に残っています。 昔の手術の傷なので、きれいに消えることはないでしょう。 傷で嫌な思いもした時期もあったけど、僕はこの傷を誇りに思っています。 いろいろな思い出、想いがこの傷にはつまっていますから。 その分
傷はすこし大きいです。^^
膿胸pyothorax
膿胸は、肺から広がる感染が原因で起こり、胸膜腔に膿がたまります。感染した液がおよそ0.5リットル以上もたまることがあり、肺を圧迫して息切れや痛みを起こします。リスク因子としては、細菌性肺炎、肺膿瘍、胸部の手術、胸部の外傷、胸腔穿刺(胸壁に針を刺して胸膜腔にたまった水を排出すること)などを最近行ったことが挙げられます。膿胸は、10,000人に1人の割合で起こります。

手術後です。やっと座れるようになったときです。

看病してくれたおばあちゃんと。

ジライヤの真似をしていたそうです笑

手術前日、大好きなビーフ丼食べています。 手術するのは知りません。

酸素テントの中です。

これは退院直前かな!?

はじめまして、今日から
Blogを始めたいと思います。 自分が、今まで経験した事(病気、留学など)のなかで、感じたこと、思ったことを、今の生活とともに描いていきたいと思います。 今現在、ストリートバスケのリーグ、
Legend http://www.streetlegend.jp でplayしています。 バスケの記事はもちろん、いろいろなトピックを立てて、書いていきたいと思います。 今回は、初回なので、簡単な自己紹介をしていきたいと思います。^@^
名前: 堤 太輝 (つつみ たいき)
生年月日: 1983年 12月15日 射手座
家族構成: 父、母、弟、妹
職業: ストリートバスケットボールプレイヤー
学歴
福岡市立筑紫丘小学校
鹿児島市立武岡台小学校
福岡市立長丘中学校
福岡市立福岡商業高校 (現 福翔高校)
高校卒業後 海外留学 アメリカへ
IELC (Intensive English Language Center)
Bakersfiled College (California Sta)
2005 Spring 卒業
簡単な自己紹介でした^@^ 最初の方は自分のバックグラウンドを中心に書いていきたいと思います。 では、よろしく!! One


