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2007-04-23 19:10 | カテゴリ:未分類
  もうすぐ、1ヶ月経つけど、先月の31日にLegend Battle Houseが川崎クラブチッタで行なわれた。 シーズン中で最も過酷なイベントなだけに、選手は普段より熱かった。 チームメイとはK-TA仮エース君。 得点能力抜群な二人だったので、うまくかみ合えば絶対優勝できると思っていた。 3人の中で1番大きいのが僕(181cm)だったので、高さの不安があったが、何とか3人でうまくカバーすることが出来た。 結果は優勝! どの試合も僅差で、勝てたときはかなりうれしかった。^@^ やっぱり接戦で勝つのが1番うれしいし、おもしろい。 負けたらかなり悔しいけど。。。 今回はサイズに不安があったけど、それぞれ自分たちの役目をはたせたからこの結果になったと思う^^! 自分的にも集中が途切れなかったからよかった^@^ BIG UP K-TA君、仮エース君!  二人とも、尊敬しているPLAYERなので、いっしょに優勝できてよかった^@^!
 またBattle House独特の雰囲気をお客さんが肌で感じてくれたと思うので、よかった^^ 今度は更にクオリティを高めたイベントになるように頑張ろう!
  

  そして、昨日、一昨日はLegend初、IN 歌舞伎町で試合が行われた。  試合の前にはクリニックもあって、子供たちが本当に楽しそうにやっているのを見て、心が和んだ。。 あーやって一人でも多くの子がバスケをおもしろいって感じたり、楽しいって感じたりしてくれれば僕らもうれしい^^ 

 シーズン4も、もうすぐ終盤戦!!! 地元でも試合があるし、頑張るぞ!!^@^俺!

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2007-04-18 01:54 | カテゴリ:未分類
  アメリカ、バージニア州の名門・州立バージニア工科大学で16日、米史上最悪の銃乱射事件が起こった。 死者は今のところ32人。犯人は自殺。 韓国人だったようだ。 在学生、約2万6000人の学生らを恐怖におとしめた。 

  今朝、このニュースを耳にしたとき、本当に驚いた。 大学警察の対応にも不満の声があがっているようだ。 対応が遅れたため、死者を増やしたとも言われてるようだ。 個人的な意見だが、アメリカの警察は日本の警察と全く違うと思う。 いいかげんな奴が多い。 あっちのポリスは、みんな自分たちを怖がっていると思い、平気でなめてかかってくる。 嫌がらせのように、車の後ろをわざとつけてきたり。 理由も無く、車を停止させたり。  留学中、僕も怖い経験をした。
夜中の2時ごろに、友達と遊んで車で帰っている際、後ろからパトカーにフラッシュライトを当てられて止めるよう指示があった。 友達を降ろす時だったので、その子の家の駐車場に車を止めて、何でとめられたか、日本の感覚で理由を聞こうとした。 しかし、車を出ると突然、ライトを当てられ、銃を向けられた。 まじその瞬間は終わった。。。。と思った。 しかも、警官は新米っぽく、指はガタガタ震え、これはまじでやばいと思い、車の中にすぐ戻った。 話を聞くと、こんな時間にこの周辺いることが不審者扱いで、止めたみたいだ。 まじわけがわからなく、その警官も自分がしたことが恥ずかしかったのか、誤りもせず帰っていった。  日本では、普通にコミュニケーションとろうとするが、アメリカではやはり誰もが簡単に銃を持てる文化。 警察官も日本の警察官以上に、一般人に対しての恐怖感が強いと思う。 僕らも、もし車から出た際に、何かの拍子で、手を動かしたり、ポケットに手を入れてたらと思うとぞっとする。 普通に正当防衛として、撃たれていたと思う。 

  今回のバージニア大学の事件も、警察の不手際が問題視されるだろうし、いろいろな問題が出てくるだろう。 年々増加する世界での悪質な事件。 今回のような悪質な事件も時間が経つにつれ、人々の頭の中から消えていく。  昔では考えられなかったような事件が、頻繁に起こっているこの世の中はどうなっていくのだろう。。。。。 

  皆さんも海外で、警察に止められたときには、日本の感覚で行動しないようにしましょう!!


 




   昨日バージニア工科大についての興味深い記事を見つけた。 犯人の高校生時の同級生の証言だ。 犯人は、一風変わった生徒で、授業中もクラスメイトに笑いものにされていたみたいだ。 Once, in English class at Westfield High School in Chantilly, Va., when the teacher had the students read aloud, Cho looked down when it was his turn, said Chris Davids, a Virginia Tech senior and high school classmate. After the teacher threatened him with an F for participation, Cho began reading in a strange, deep voice that sounded "like he had something in his mouth," Davids said.

"The whole class started laughing and pointing and saying, `Go back to China,'" Davids said
(Yahoo News 参照)
 最後の部分に、クラスメイトに[中国に帰れ]と言われたと書かれている。 ニュースでも言われていたように、周りの人々とのコミュニケーションがほとんどなかったんだなって思う。 また自分がアジア人という事で、自己嫌悪に陥ってたのかも!?  アメリカは地域によっては、アジア人がほとんどいないところもある。 僕がいたところもそうだった。 そういう地域では、とりあえずアジア人はみんな中国人と思っていて、僕もバスケをしていたとき、周りは、あの中国人があーだこーだ言っていた。 まあ僕らも、イギリス人とアメリカ人の区別がつかないのと一緒かな?   また9.11テロがまだ皆の記憶に新しい時期に、外見がアラブ系だというだけで、殴られるやつもいたって聞いたことがある。 実際にアラブ系の人々が、アメリカの国旗、星条旗を車に立てていたのを実際に見たことがある。 今回のバージニア工科大の事件も、恐ろしい殺人事件、また犯人が外国人であるがゆえに、国際問題、人種問題に発展していくだろう。 
2007-04-12 17:11 | カテゴリ:未分類
 2002年の春アメリカに来てそれから約3年半、僕はアメリカで時

を過ごした。

最初の方は、期待とは裏腹に、目の前にする現実に不安だらけで、ホームシックになることも多かったけど、アメリカを離れるころは、正直もっとこの国にいたいという想いでいっぱいでした。  

そう思えるようになった自分がすごいうれしかったし、留学を支えてくれていた家族を

はじめ、留学のきっかけをつくってくれたAJ、そして周りのすべての人々に感謝の気持ちでいっぱいだった。  

卒業式もアメリカらしい卒業式の中、沢山の友達も来てくれて騒ぎまくって、本当に心に残る卒業式だった。  

それから1ヵ月後には帰国の予定だったので、日本に帰るんだなって

思うと、やっぱ寂しかった。。。。 けど、自分で決めたことだし、3年半の留学生活を糧に、これからま

た新しい道へ頑張るぞって決心した。  日本人の友達は、母国が同じだし、また会おうと思え

ば、いつでも会えるけど、チームメイトや他の外国人の友達は、これか

ら一生会わない友達の方が多いんだろうなあって。 外国人の友達と別

れるときは寂しかった。。。。。   本当に楽しかった思い出が山ほどあ

り、今でも連絡をとっている友達もいる。
  
  長かったようで、短かった3年半の留学生活、楽しい思

い出もあったけど、嫌な思いもやつらい時もあった。   そして日本では、前も書いた

と思うけど、留学を1番心配していた祖母が亡くなった事。 

1月の中旬の出来事で、最後に会ったのはその年の前の夏。  その時は、いつもと同じ元気いっぱいの祖母だったけど、

年の暮れに急に具合が悪くなり、入退院を繰り返していた。 用事で2月に日本に帰

る予定だったから、その際にお見舞いに行って、僕も病気の時に、がんばったけん、おばあちゃんも、

がんばらないかんよ。って伝えようって思って。。。  しかし、正月に入ると急に容体が悪化し、


17日の夕方に息をひきとりました。  身内が亡くなったことが初めてで、最初は

実感が無かったけれど、2月に日本へ帰国して際、祖母と対面したとき

に改めて、亡くなったことを実感した。 ただ悲しくて悲しくてしょうがなかった。。

父親が僕にこう伝えました。 ばあちゃんがまだ意識があるときに、太輝は無事に大学を卒業して帰ってくることを伝えて、祖母は喜んでいたよと。

その事を聞いて、ちゃんと良い知らせを伝えられてよかったなって思った。  

僕にそっくりだった祖母は今でも天国で元気で過ごしてると思う^@^
  
  
  


  祖母が亡くなった前の年には、先輩でもある友達を交通事故で亡くした。 


いつもにこにこして、明るい、みんなの盛り上げ役的な存在だった先輩。 


事故は、加害者がいたため事件となりました。 事故の原因は、アメリカでも事故の大半を占める飲

酒運転。 あまりにも突然の出来事で、みんな最初は何が起きたかよくわからない状態で、

混乱していた。 葬儀はアメリカで最初に行い、亡くなった友達の人間性を示すかのように、大勢の人々が協力した。  

もちろん学校も全面的に協力してくれて、 亡くなった友達も笑顔で天国に行けたと思う。 

友達の両親は、今でも僕たちのことを息子のようにかわいがってくれてる。    


しかし、、、アメリカから僕が帰国した翌年の4月、不幸はまだ続いた。  

アメリカで約1年半、一緒に暮らしていた先輩が、突然、病気で亡くなったという知らせを耳にした。 

信じれなかった。
 
体格の良くてバスケ大好きの明るい先輩。  Bakersfieldの日本人のコミュニティの中でも兄

貴的存在で、突然の死に僕らも現実を受け止められない状態だった。 先輩の友達である同じ

リーグでPLAYしている柴山 英士君(AJ)と日本で行った葬儀に出席し、地元をはじめ、アメリカから

帰国していた沢山の友達に見送られて、天国へと飛び立った。    亡くした2人の友達は当時、
nt color="#00FFFF">26歳と28歳。 あまりにも短い人生だった。

  人間、生きていれば色んな事を経験する。 留学生活も思い起こ

せば、このように色々な事があったな。。。。 



そして、今現在、僕はいろいろ進路について悩んだけど、バスケの想いが強く、LegendでP

layしている。 この場所でPlayできるのも、家族、そして支えてくれる周りの人々の協力があるから。  留学で培ったものを誇りに思い、あらゆる面で活かせるよう、これからも毎日を大切に頑張っていこうと思う。



  これからの社会で求められるDiversity(多様性)。 性別、年齢、国籍が関係ない時代になってきているだけに、留学するという事は、人生において大きなチャンスだと思います。  大事なことは、ただ単に留学するのではなく、しっかり目標を持つ事。  一人一人考えていることは違います。 自分の目標は何か? 何を学びたいか? 何が必要か? きちんと自分の中で整理をして留学をすると必ず、かけがえのないものとなるでしょう^@^ 


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WSZ J-walk(東京アパッチ) Herbie(SMC) Atsushi(Chico)

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卒業式で^@^Deanと

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チームメイトCHRISと^@^

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フッキー(NHL)と^@^

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語学学校で^^

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仲良しTと^@^

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Tetsuyaくん、Takuちゃん(DJ Badchilling)と卒業式で^@^
2007-04-09 22:10 | カテゴリ:未分類
  2002年の8月に語学学校を卒業して、8月末に、Bakersfieldにある短期大学、

Bakersfield Collegehttp://www.bc.cc.ca.us/へと入学しました。 学校は、Semester制といって日本での前期、後期のようなものでした。 最初の期間は、語学学校で英語の勉強ではまだ大学の授業は厳しいと判断して、ESL(English Second Language)のクラス(授業)を中心に取りました。 

ESLでは英語が母国語ではない生徒がとるクラスで、人種も国

際色豊かだった。 僕が取ったすべての授業は、日本人がいなかったの

で、良い環境で勉強することが出来た。 授業のとり方など、最初

の方はどのようにしてやったらいいのか全く分からなかったけど、学

校にはカウンセラーと呼ばれる人達がいて、学校のことや、将来の仕事

など、いろいろな問題について話し合ってくれるシステムがあった。

  僕はとりあえず、General Education(一般教養、教育)のクラスを早くとって、できるだけはやく卒業できるようにプランを立てた。 

 中には、難しいクラスもあり、特にPhilosophy(哲学)と

Anthropology(人類学)は厳しかったな。。。笑 

Philosophyは途中で落として、成績にF(失格)がつかない

ように考慮した。 英語のWritingの授業はレベルがあがる

につれて、エッセイを書く量が増えていき、最後の方は何時間も授業で書き続けていた。 

ESLのWritingの授業はいくら宿題をきちんと出して、授業態

度がよくても、最後のテストのエッセイで合格しなかったら、全部振り

出しで、また半年間、同じ授業をとらなくちゃいけなくて、毎回毎回、

最終エッセイはひやひやもの。               

エッセイでは毎回、何かひとつ題目があり、それについて

自分はどう思うのか、賛成か反対かなどを書くものがほとんどで、自分

があまり興味がない題材にあたると苦労したあ。  自分の過去の体

験などを照らし合わせて、書くことも多く、創造で書くほうが多かった笑。  

でも、ある程度自分で形を作っておくことで、応用を利かせれば案外書けるんだなぁと実感した。

卒業に必要な1番上のレベルのクラスがやっぱり1番きつく、、

最終エッセイまでに練習で1回しか合格点をもらえなか

ったので、たぶん駄目だろうなと思ってた。 あとは本番のTOP

ICが自分の得意分野であれば。。。。 肝心の題目は小学校で学力をレベルに分け、特進クラ

スを設けることは学校にとって良いことか?みたいな題目で自分の意見を賛成か反対

でエッセイを書くことでした。 僕は義務教育の間、勉強はもちろん

大事だけど、それ以上に友達をたくさんつくる事やいっぱい遊ぶこと

の方が大事だし、レベル別に分けることで、いろんな問題も出てくるだ

ろうと思ったので、いろんな過去の経験を交えて書いた。 制限

時間は3時間半だったかな? とりあえず、アメリカ人は1時間くらい

で終わって帰っていたけど、僕は何回も見直し見直し。 あんなに

普段は必死にならなかったけど、さすがにもう半年延びるのはきつかっ

たから、かなり本気モード!!! 1週間後、担当の先生の部屋に結果を聞きに行きました。 

結果は合格!!!!^^ 先生もTaikiは駄目かなって

思っていたって言われて、おいおいってつっこんでやろうかと思ったけどね笑。 

まあ何はともわれ、僕の中で最難関のクラスをPASSできて、卒業の

目処がたち、一安心する事ができた。

   


   バスケの方は、大学に入る前は、PLAYGROUNDで毎日の

ようにPlayしていた。 学校が終わってAJといろいろな場所PLAYGROUNDを回り、沢山のPLAYERとバスケをする日々を送ってた。 

そして、沢山の刺激を受けた。 

朝から晩まで、子供からお年寄りに人達が、時には楽しく、時には真剣

にPLAYしてた。  日本では確実にゲートボールやってそう

なおじいちゃんが若者に混じってシュートをばんばん決める光景は眼を疑った。  

日本とは違うな、文化そのものが違うんだなって思った瞬間でした。

現場では、見た目がアジア人、ただそれだけで、馬鹿にしてくるやつも

いたし、バスケのスキルは劣る、そう判断され、PICK UP GA

MEで参加できない時も多々。 

とにかく実力社会だったので、試合中にほとんど回ってこないPASSで結果を残すことが全て。                 
そうやって日本人でもできるんだぜって思わせたときはかなりうれしかった。 

少しずつ認められていく過程がすごい自分の中で充実していて

おもしろかったし、いろんな意味で成長できた。 I’m from Japan
っていったからには、やっぱ日本人として負けたくないし、なめられるのが

1番嫌いだったので、常に必死に勝負していました。   向こうの人々は、

最初はつっかかってくるけど、勝負のあとはちゃんと握手してくる人が

多く、そういうところはすごいなあって思いました。 (中にはアジア

人が勝負に勝つことを嫌い、コートにNo Allowed Asianアジア人は来るな って書いたやつもいたけど、、、、笑)

そして思ってもいなかったビックチャンス到来!!

大学1年目のシーズンが始まる前、コーチと話す機会があり、その年の

チームがたまたま何人かが事情で辞めていて、Rosterに空きがあ

ったため、運よくチームに入ることが出来た。 ものすごく嬉しく

て夢のような出来事だった。 バスケ大国アメリカの大学のチームに入れるなんてって。

チームの中では僕が身長1番小さくて、

みんな大きかった。 スキルももちろん日本では決して体験できないよ

うな事が、毎日のようにできたので、毎回、刺激を受け、いろいろな

ものを盗んでやろうと思った。 フォーメーションを覚えるのに必死で、コールするのも僕の役目だった

ので、少しでも発音が悪いと通じなく、家で練習していたのも覚えてる。笑 

チームのメンバーはみんなすごい珍しがっていたけど、仲良くしてくれ

るメンバーがほとんどで、すぐにとけこんでいく事ができて、楽しかっ

た。 シーズン中は色々な所に遠征に行き、毎回、大男たちが、

3台ぐらいのバンに乗っての移動。 泊まりで行くことも

多く、2,3日続けて、毎食ファーストフードの時があって、まじあれ

はファーストフード嫌いな僕にとっては最悪。。。  最後の方はコー

チにPleaseの連発で、日本食や中華料理があるところに、連れて行ってもら

った。笑  夜は、みんなでトランプしたり、NBAの試合をテレビで

見たり、しょうもない日本語教えてやったり。


学校生活では同じクラスをとることもあり、数学の統計学(Statist

ics――無茶苦茶言いにくい笑)のクラスではみんな僕に答えを聞い

てきて、1回それが、先生にばれそうになりひやひやした時もあった。。。

 カンニングは下手すりゃ退学食らう時もあるので。。。  

プライベートでも遊ぶことも多く、PARTYしたり、ゲームしたり、全てが良い思い出。


バスケ部に入ったことで、いろんな人と知り合えるのは良かったけど、当時Bakersfieldはア

ジア人はあんまりいない土地柄だったので、バスケ部にアジア人がいる

ことをあまりよく思わない人もいた。 アメフトの選手(特に黒

人)は学校で毎回、僕の前を通るときにいちゃもんつけてきたり、ブル

ースリーの真似をしてきたり。。。 時にはロッカーの中に置いてあ

ったバッシュを鍵を壊されて盗まれたこともあったな。。。

けれど、普段接する人種が黒人だったため、彼らに対してほとんど恐怖心がなかったし、こいつらひがんでんだなとしか思っていなかったし。 

そんなふうに相手にしてなかったら、そういうこともいつしか無くなり、僕には仲間がそれ以上にいたので安心でした^@^   

そんな仲間の中には、僕と同じくらいの年なのに、子供を抱えている選手もいた。 

家族を支えるため、働きながらPLAYしている選手もいて、ハングリー精神は日本人と比べ物にはならないと思った瞬間だった。
  
  バスケ部には2年間在籍して、2年目は試合に出場する時間も少し

ずつ増え、日本では、けっして対戦できないPLAYERとバスケをで

きた事が幸せだった。 何でこんなに速いんだろうとか、高いんだ

ろう、当たりが強いんだろうと単純に思えたのも、楽しかったし、やっぱりアメリカ人

はスタイルが、かっこ良かった。 バスケの事でいろいろ勉強でき

たし、それ以上にたくさんのすごいPLAYERとバスケできたこと

や、見たこと、出会えたこと、馬鹿やって遊んだこと
が何より自分にと

って一番の宝物になった。 

普通に大学いって学校生活を送ってたら体験できないような事も経験したので、そういった意味では自分は充実した生活を送れていたと思い、すごい嬉しかった。




   日本人の留学生をはじめ、沢山の生徒が短大(Community College)から4年制大学に編入(Transfer)するケースが数多く見られます。 僕も、最初は4年制大学に編入しようと試みましたが、色々考えた結果、短大を卒業することに決めました。 上記で書いたように、学校には生活面、学校面でも相談にのってくれるカウンセラーがいます。 もし、短大からの編入を考えているなら、カウンセラーと話して、どのようなクラスをとればいいのかを話し合う事が大切です。 学校にはちゃんとInternational Studentの為のカウンセラーがいるので、安心ですね。 それらのクラスをちゃんととってそれなりのGPA(Grade Point Average)評価の平均値を維持していたら、4年大学への編入は難しくはないと思います。 
4年制大学へ最初から行っても、最初で勉強するのはほとんど一般教養なので、短大でとっても一緒のことです。 そう考えると、入学基準が4年制大学より低く、なおかつ授業料が安い、短大へ最初通う事が利口かもしれません。
 

  生活面で、向こうにはRoommate(同居人)一緒に暮らすことによって、生活費を抑えるというものがあります。 学校にある掲示板でもよく募集しているし、僕がいたカルフォルニア州では、びびなびhttp://losangeles.vivinavi.com/JA/といって日本人向けの情報サイトがありました。 そこで、今挙げたRoommateの募集や、求人情報、個人間での売買などの情報が記載されています。 サイトも実際の留学経験者が作ったものらしいので、大いに留学生、または海外在住者の手助けになると思います。
  

 学校面では、要領よくクラスをとっていくこと大切です。 具体的に言うと、学校には様々な先生たちがいます。 日本に生徒のことを必死で考えてくれる先生と、自分の事しか考えていない先生がいるように、アメリカの大学も同じです。 授業が難しいとか、宿題さえきちんと提出してれば、PASSできるとか、 International Studentの事を考えてくれている先生はどの先生かなどの情報を得ることで、要領よく、勉強環境をつくっていく事が大切です。 僕も、かたっぱしから同じ日本人や他のInternational Studentから先生の情報を得ていました。 必死に勉強することはもちろん重要ですが、成績を上げるにはそれらの事が必要です。 またVisaの関係で向こうでは外国人にあたる僕たち生徒は、毎期間、12Unit(単位)以上、授業を取らないといけません。 また学校の規定上、アスリート(運動選手)も12単位以上、授業を取らないといけません。 またGPA(平均点)2.0以上の成績を修めないといけません。 条件をみたさないと、、試合に出場することが出来ません。 有名なバスケ映画 コーチ カーター でもあったように、バスケが上手だからといって、バスケだけすれば良いとはいかないのです。 勉強と両立させ、なおかつバスケで結果を出していく選手が上に行くのです。 あの最高峰バスケリーグNBAの選手の中に、医者の免許を持っている選手がいるように、上に行った選手はきちんと勉学に対して、それなりの努力をしてきているのです。 いかに、勉強はある程度できなくちゃいけないという言葉が大切かが分かります。    普通のクラスはだいたい3,4Unitです。 きちんと計画を立てて、クラスを取りすぎて全部が中途半端にならないように考慮することが大事ですね^@^



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 バスケのチームメイトと^@^


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 WSZ Crewでパフォーマンス


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 みんなで海でBBQ

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レジーコットン(AND1契約選手)と

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初めてアメリカに渡った高3の夏!

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浪速のRyosukeと

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仲良かったMenelick  2メートル15くらいありました笑
2007-04-08 00:29 | カテゴリ:未分類
 僕がアメリカへの留学を決意したのは、高校三年生の夏休み。

同じ福岡出身で当時、アメリカはBakersfield(カルフォ

ルニア州)でバスケをPLAYしていた柴山 英士(AJ)http://www.fareastballers.com君と、話す

機会があり、一度アメリカに来て、それから考えてみたらという、アド

バイスをもらい、夏休みに10日間くらい向こうに渡った。 そ

こで、初めて本場のストリートバスケに出会い、語学学校も見学して、

いろいろな初めて見るものに刺激を受け、滞在最後の日に、(いろいろ

苦労はするだろうけど、頑張ってみよう!)と決心がついた。 日

本の大学にいくより、向こうの大学へ進学するほうが、自分が頑張れそ

うだという事と、いろいろな刺激を受けることが好きだったし、ある程度大変で

あろうという事のほうが、充実した生活が送れて、良い結果が出せると

かもとい思いがあった。  それから、残りの

高校生活、なるべく英語を勉強するようにして、出発時期の3月に備え

た。  そして迎えた3月、沢山の友達の見送りの中、旅立った。

 朝早かったのに、みんな来てくれてとても感動したと同時に、(絶対頑張るぞ!)と決心した。
  
大学へ入る前に、ほとんどのInternationalの生徒は、語

学学校と呼ばれる、英語を勉強する学校に行く。 僕が行った所

は、LAから車で2時間位に、位置するBakersfield(ベー

カーズフィールド)の語学学校、Intensive English 
Language Center
 通称 IL。 全生徒2、

30人で、国際色豊かな生徒で埋め尽くされ、最初は驚きの連続だった。 そ

こでは、主にSpeaking、Writing、Readingを中

心に、午後の授業はPresentationの練習で、それぞれの母

国の文化、歴史について、発表する授業があった。

朝は8時から夕方の4時くらいまでの授業で、週5回。 最初は慣れな

い環境の中、ハードな学校生活でけっこう参っていた。。。 こん

な規則正しく、学校にいったのは久しぶりだったので。 でも1ヶ月ぐ

らいたった時には、だいぶ生活にも慣れていた。  学校の行事では、遠足や、

工場見学、あとPotluck Partyといって、それぞれの生徒

が料理を持ってきて、みんなで楽しく食するという、なんともアメリカ

らしい行事もあった。 僕は、チャーハンを持っていったのを覚え

ている。 やっぱりアジア人はアジア人の食べ物を互いに

食べていたな。。。  僕は結構、好奇心旺盛だったので

アフリカの生徒が作ってきたカレー!?を食べた。笑 かなり油こ

かったけど、けっこうおいしかった^@^。  また、学校内で

は、先生たちが、同じ国の者同士、母国語でしゃべっているのを見つけ

たら、罰金25¢っていうおもしろい制度もあった。 どうしても

分からないときがあるときは、こっそり隠れて日本人の生徒に相談して

たけど。^@^ そんなかんなで、授業や宿題は大変だったけど、語

学力はもちろん、語学学校で沢山の人々との出会いいろいろな文化価値観、考え方

触れることができ、かけがえのない経験ができたと思う。^@^  そし

て、これからもそれらは得れるだろうと思った瞬間だった。 学校を卒業する

時には、英語も最初に比べるとだいぶわかるようになり、大学進学に向けて良い準備が

出来た。




  近年、国際化(Internationalization)といわれる現代社会で、多くの人が、留学を考えていると思われます。 留学をすることは、簡単ではありません。 それなりのコストもかかるし、留学先で思うようにいかなく、駄目になってしますケースも中にはあると思います。  留学を充実させるには、まず、できるだけ情報を得て、留学前にきちんと準備をすることが大切です。 僕の場合、知人(柴山 英士君)が居たため、語学学校の手続きや、ホームステイ先もあらかじめ目を通しておくことが出来ました。    ただ漠然と留学をしたいといっても、駄目だと思います。 大事なことは、自分がどういう環境で、どんな事を学びたいか、将来を考える上で、自分に今必要なものは何かを自分なりに考えて留学することで全然違ったものになるでしょう。  語学力の面では、Speakingの練習以外はできるだけ、日本に居るときにやっておくことが賢いと思います。 どうしても、会話の部分は、耳も慣れないだろうし、難しいと思うので。 もし自分の回りに外国人がいたら、積極的に話すといいでしょう^@^ また、留学経験者がいた場合はアドバイスをもらうのが一番だと思います。   自分のアドバイスとしては、語学学校での授業であったように、日本の文化や歴史、礼儀について多くの人々に聞かれることも多いと思います。 普段日本での何気ない生活や行動も違う国の人々にとっては、興味深いものになるのです。 だから、ある程度それらについて勉強することも大事だと思います。 日本に興味ある人々はたくさんいるだろうし、そのことを知っていることでよい出会いがうまれるかもしれません。

銀行口座の開設や、友達と暮らす場合などは、住居の手配(外国では友達以外でも、同居者Roommateを募集して家賃を抑えるという事も)、車の購入など、さまざまな事を、ほとんど一人でしなくてはなりません。 その際にコミュニケーションをとる言語はもちろん英語。 アメリカという国はシビアなもので、 言葉で表現しなくてはなりません。 身振り手振りで分かろうとしてくれる人は中にはいますが、そうでない人のほうが多いでしょう。 僕も向こうで感じたのですが、日本で、もし外国人が日本語で道を尋ねたり、何か質問してきたら、堪能な日本語ではなくても、頑張って聞いて理解しようとすると思 います。 しかし、向こうでは少し聞き取りにくい英語で喋った際や、英語をこの人は喋れないのだと思うと、最初から聞こうとしません。 自己主張という言葉がどれだけ大切かが分かりますね。  誰かが手助けしてくれるだろうという考えはNGです。 これらの事を考えると留学した直後は、山場かもしれません。実際に自分もそうでした。 やはり慣れというのもありますから。

期待が膨らむ現実という壁にぶち当たるホームシック・ストレスの発生

 しかし、このような事を乗り越え、何事も積極的に自分ですることで、自立度が格段に上がると思います。 事前に問題解決できるものはしておくほうが良いと思います。

ベーカーズフィールド
ベーカーズフィールド(Bakersfield)はカリフォルニア州中南部に位置する内陸の都市。人口は約28万人(2004年)で、単独で都市圏を形成する。肥沃な農地と山脈に囲まれた、急速に発展しているメトロポリタンエリアで、近年All-America Cityの一つに選ばれています。この市には、カントリーおよびウェスタン音楽の豊かな歴史があり、白い波しぶきの中で楽しむラフティングや各種マウンテンスポーツを満喫できます。7,900人の学生が在籍するCSUB (California State University, Bakersfield)の安全でフレンドリーなキャンパスでは、少人数制の授業が行われています。最近図書館が新しく建設されました。Intensive English Language Center (IELC)では、アメリカの大学で学ぶために必要な英語力を身に付けることができます。


2007-04-06 22:16 | カテゴリ:未分類
今回は、今僕が試合や練習、プライベートで履いているShoesたちを紹介!^@^!
 
 No.1 Reebok Pull Up(リーボック)

今現在、試合中http://www.streetlegend.jp、実際使用しているShoes! 軽くて、すごいフィット感があります。 ソールもしっかりしていて、お勧めです^@^  お値段もリーズナブルなんで、是非お試しください!! 「アンサー」シリーズを手掛けたデザインチームが開発したため、軽量で小柄な選手のためのシューズ開発のノウハウが凝縮されています。足首の動きやすさを追求した、ミッドカット設計。またカカトのTPUカウンターにより、左右方向の安定性を高めています。スピード重視のプレイヤーにお勧めです。


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No.2 Reebok Pump Show Stopper(リーボック)
 
 これは、主に練習、ジムでのワークアウトの際に使用しています。 これのすごい所は、何と言ったってPumpがサイドについていて、自分で空気の調節ができる所です^@^  軽量性に優れており、クイックネス重視のガードプレイヤーにオススメのモデル。REEBOKが誇るPUMPテクノロジーの1つ【PUMP MANUAL】を搭載。くるぶし部分にあるポンプを押すことによってエアチェンバーが足を包み込み、シューズを履く人それぞれの足に合うようにカスタム設計されており、抜群のフィット感をもたらします。



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 No.3 Nike Air Jordan カーメロ

これは、Nikeのバッシュの中で、かなりお気に入りのShoes.
履きやすく、Fit感があり、色も大好きです。  ぜひ、お試しあれ!!


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 No.4 Nike Air Jordan 1 (94)

けっこうレア!?笑 94年ものだけど、綺麗です^@^  色も大好きで、お気に入り! アメリカ在住のときに、オークションでねばって購入した思い出のShoes!


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 No.5 AND 1 Rise Mid
AND1の中でも、TAI-CHI Midと同じくらい履きやすいです^^ 結構人気の商品です^@^


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以上、My Hoop Shoesでした^@^  
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