-------- --:-- | カテゴリ:スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007-03-15 13:24 | カテゴリ:未分類
今回は、僕の幼いころ経験した病について書きます。

この出来事は、ちょうど4歳を迎えたばかりの正月の出来事でした。 

最初は風邪と同じ症状でしたが、夜、寝床につくときに、背中が痛んだのを幼いながらも

覚えています。 息がしづらく、高熱が続いていた状態でしたが、正月だったため

病院もほとんど開いていなく、何とか辿り着いた病院では、

ただの風邪だと診断されました。  しかし、一向に熱もひく様子もなく、

背中の痛みと息苦しさで夜寝れない状態が続きました。 

何件か病院を回っても、ただの風邪と診断されましたが、 両親がこれは何かおかしい

と、福岡の徳州会病院(大きな病院)に僕を連れて行きました。 そこで、やっと膿胸

という病気だという事実がわかったのです。 僕もそのときはもう意識は

ありませんでした。 その前までは今でも、何となく今でも覚えています。 

その時、担当の病院の先生は、両親に覚悟を決めるよう言われたそうです。 


膿胸とは簡単に言うと、胸に膿がたまる状態です。 レントゲンを撮ったら左胸が真っ白でした。


早急に処置が必要で、酸素テントの中で、麻酔無しで管を胸に通し、膿を取り除きました。

一段落しましたが、まだ油断はできない状態が続き、 

だいぶ落ち着いてきたときに、医者からの話で、このまま手術をしないで、抗生物質投与で病気は治るが、

これから成長していく上で、体育の授業などでの運動は見学になるとの事でした。
 
僕は小さいころからバスケが大好きでした。 一番の理由は父親がしていたことで、

父のユニフォームを着て写真をとったのも覚えています。 

そんな父親が、男の子が運動できないことなど、そんなにつらいものはないと、すぐに手術を行う

ように頼んでくれました。 

そして、手術前日、両親は僕が怖がるといけないと思い、

手術の事は伝えず、僕は何も知らないまま絶食になるので、

手術前の最後の食事、大好物だったビーフ丼を食べました。

そして迎えた手術当日、幸運にも、たまたまその時期にアメリカから帰国していた外科医では名医の

高橋先生という方が、僕の手術を担当してくれる事になったのです。 

予定していた時間より長引きましたが、無事に手術は成功しました。 

僕は手術をしたなんて分かりませんでしたが、このお医者さんが自分の病気を治してくれたのだと思い、

手術直後、(ありがとうございました。)と言ったのを覚えています。 その言葉を先生は

すごくうれしかったと両親が言っていました。 普通だったら麻酔が効いているはずなのに、その時だけは意識が

あったのを、今でも不思議と覚えています。 本当に高橋先生には感謝しています。 

そして両親も無事に手術が成功してすごく安心したそうです。  

また手術当日は偶然にも父親の誕生日でした。何か力をもらったのかもしれません。 

こうして考えると、不幸中の幸いではないけど、いろいろな意味で運があったんだなぁと今になって思います。
  
 入院中の出来事では、母親の妹が結婚しました。その期間は家族も忙しく、

自分の面倒を見ることも忙しかったと思います。そんな中、父親の方の

おばあちゃんが僕に付き添ってくれていて、結婚式当日も、

式には行かず僕の面倒を見てくれていました。 僕に瓜二つで、そっくりだったおばあちゃん。  
  
そんなおばあちゃんが、一昨年、1月にガンで亡くなりました。 

当時、僕はアメリカに留学中。 お葬式にも間に合いませんでした。

今まで元気に生きてきたのに、、、突然の出来事で、凄くショックでした。  

おばあちゃんが自分が病気の時、面倒を診てくれた分、今度はおばあちゃんの

面倒を診てあげたかった。。。 本当に残念でした。。。  

でも、、おばあちゃんは精一杯頑張ってくれたと思います。 

迫力あるかっこよくて、綺麗なおばあちゃんでしたから。 

今も天国で、元気で見守ってくれていると思います。 

そして、今現在、僕は大好きなバスケを続けています。 ストリートバ

スケのリーグ、LEGEND(http://www.streetlegend.jp/)現在HOOPERS http://hoopers.jp/でPLAYし

ています。 病気がちだった子供のころから比べると、体も大きく丈夫になりました。^^ 

もちろん、体調管理には人一倍気を使っています。 

家族、友達、先生方、お世話になったすべての人たちに、自分が今、元気でバスケをやっていることを、

喜んでくれているのが、僕の一番の幸せですね。 

そして今現在、僕と同じ病気(膿胸)で苦しんでいる子も世の中には少なくともいると思います。

中には、治らない病気で苦しんでいる子供もいると思います。

何不自由なく、育っていく子供が普通だと思います。でも、、

何かしら大きな病気で苦しむ子供も少なくはありません。  

大事なことは、病気に立ち向かう気持ちや勇気を持つ事だと思います。 

落ち込むことは沢山あると思うし、他の子には分からない苦しさもあります。 けど、そこであきらめないで、希望を持つことが一番大切だと僕は思います。 

絶対に頑張って治ってみせる。  

そういう気持ちも幼いながらあったと思います。

周りの人々も子供にそういう気持ちを持たせることが、大切なことだと思います。 

人間は自分が弱ったり、落ち込んだりしている時こそ、周りの人々の力が普段より大切になるような気がします。

人間一人では生きてけないですから。 

そんな子供たちが、自分のバスケを見て少しでも勇気をもらってくれたら幸せです。 

元気になってもらえたら幸せです。

だから僕は精一杯自分が出来るところまで、表舞台に立ち続け自分の大好きなバスケを通して色んなメッセージを伝えていこうと思います。

こういった自分の過去があるからこそ、伝えられるものもありますから。





最後に。 僕は病気で成長できた事が沢山あるし、何でも前向きに頑張れるようになれたと思います。  入院中は本当に沢山の人に助けられました。 沢山の勇気・希望をもらいました。 そして、沢山の心配もかけました。 僕がもっと丈夫な体だったらと今でも思います。 手術の痕は今でも僕の背中に残っています。 昔の手術の傷なので、きれいに消えることはないでしょう。 この傷で嫌な思いもした時期もあったけど、僕はこの傷を心から誇りに思っています。 傷を見るたびに不思議と目標に向かって頑張ってみせるって気持ちになるんです。 いろいろな思い出、想いがこの傷にはつまっていますから。 その分はすこし大きいです☆
 




膿胸pyothorax
膿胸は、肺から広がる感染が原因で起こり、胸膜腔に膿がたまります。感染した液がおよそ0.5リットル以上もたまることがあり、肺を圧迫して息切れや痛みを起こします。リスク因子としては、細菌性肺炎、肺膿瘍、胸部の手術、胸部の外傷、胸腔穿刺(胸壁に針を刺して胸膜腔にたまった水を排出すること)などを最近行ったことが挙げられます。膿胸は、10,000人に1人の割合で起こります。



114_1417.jpg
 手術後です。やっと座れるようになったときです。
114_1421.jpg
看病してくれたおばあちゃんと。
114_1418.jpg
ジライヤの真似をしていたそうです笑
114_1415.jpg
手術前日、大好きなビーフ丼食べています。 手術するのは知りません。
114_1433.jpg
酸素テントの中です。

114_1416.jpg
これは退院直前かな!?
スポンサーサイト

管理者のみに表示する

トラックバックURL
→http://westsreetz4201.blog77.fc2.com/tb.php/2-c17fa149
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。