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2007-04-09 22:10 | カテゴリ:未分類
  2002年の8月に語学学校を卒業して、8月末に、Bakersfieldにある短期大学、

Bakersfield Collegehttp://www.bc.cc.ca.us/へと入学しました。 学校は、Semester制といって日本での前期、後期のようなものでした。 最初の期間は、語学学校で英語の勉強ではまだ大学の授業は厳しいと判断して、ESL(English Second Language)のクラス(授業)を中心に取りました。 

ESLでは英語が母国語ではない生徒がとるクラスで、人種も国

際色豊かだった。 僕が取ったすべての授業は、日本人がいなかったの

で、良い環境で勉強することが出来た。 授業のとり方など、最初

の方はどのようにしてやったらいいのか全く分からなかったけど、学

校にはカウンセラーと呼ばれる人達がいて、学校のことや、将来の仕事

など、いろいろな問題について話し合ってくれるシステムがあった。

  僕はとりあえず、General Education(一般教養、教育)のクラスを早くとって、できるだけはやく卒業できるようにプランを立てた。 

 中には、難しいクラスもあり、特にPhilosophy(哲学)と

Anthropology(人類学)は厳しかったな。。。笑 

Philosophyは途中で落として、成績にF(失格)がつかない

ように考慮した。 英語のWritingの授業はレベルがあがる

につれて、エッセイを書く量が増えていき、最後の方は何時間も授業で書き続けていた。 

ESLのWritingの授業はいくら宿題をきちんと出して、授業態

度がよくても、最後のテストのエッセイで合格しなかったら、全部振り

出しで、また半年間、同じ授業をとらなくちゃいけなくて、毎回毎回、

最終エッセイはひやひやもの。               

エッセイでは毎回、何かひとつ題目があり、それについて

自分はどう思うのか、賛成か反対かなどを書くものがほとんどで、自分

があまり興味がない題材にあたると苦労したあ。  自分の過去の体

験などを照らし合わせて、書くことも多く、創造で書くほうが多かった笑。  

でも、ある程度自分で形を作っておくことで、応用を利かせれば案外書けるんだなぁと実感した。

卒業に必要な1番上のレベルのクラスがやっぱり1番きつく、、

最終エッセイまでに練習で1回しか合格点をもらえなか

ったので、たぶん駄目だろうなと思ってた。 あとは本番のTOP

ICが自分の得意分野であれば。。。。 肝心の題目は小学校で学力をレベルに分け、特進クラ

スを設けることは学校にとって良いことか?みたいな題目で自分の意見を賛成か反対

でエッセイを書くことでした。 僕は義務教育の間、勉強はもちろん

大事だけど、それ以上に友達をたくさんつくる事やいっぱい遊ぶこと

の方が大事だし、レベル別に分けることで、いろんな問題も出てくるだ

ろうと思ったので、いろんな過去の経験を交えて書いた。 制限

時間は3時間半だったかな? とりあえず、アメリカ人は1時間くらい

で終わって帰っていたけど、僕は何回も見直し見直し。 あんなに

普段は必死にならなかったけど、さすがにもう半年延びるのはきつかっ

たから、かなり本気モード!!! 1週間後、担当の先生の部屋に結果を聞きに行きました。 

結果は合格!!!!^^ 先生もTaikiは駄目かなって

思っていたって言われて、おいおいってつっこんでやろうかと思ったけどね笑。 

まあ何はともわれ、僕の中で最難関のクラスをPASSできて、卒業の

目処がたち、一安心する事ができた。

   


   バスケの方は、大学に入る前は、PLAYGROUNDで毎日の

ようにPlayしていた。 学校が終わってAJといろいろな場所PLAYGROUNDを回り、沢山のPLAYERとバスケをする日々を送ってた。 

そして、沢山の刺激を受けた。 

朝から晩まで、子供からお年寄りに人達が、時には楽しく、時には真剣

にPLAYしてた。  日本では確実にゲートボールやってそう

なおじいちゃんが若者に混じってシュートをばんばん決める光景は眼を疑った。  

日本とは違うな、文化そのものが違うんだなって思った瞬間でした。

現場では、見た目がアジア人、ただそれだけで、馬鹿にしてくるやつも

いたし、バスケのスキルは劣る、そう判断され、PICK UP GA

MEで参加できない時も多々。 

とにかく実力社会だったので、試合中にほとんど回ってこないPASSで結果を残すことが全て。                 
そうやって日本人でもできるんだぜって思わせたときはかなりうれしかった。 

少しずつ認められていく過程がすごい自分の中で充実していて

おもしろかったし、いろんな意味で成長できた。 I’m from Japan
っていったからには、やっぱ日本人として負けたくないし、なめられるのが

1番嫌いだったので、常に必死に勝負していました。   向こうの人々は、

最初はつっかかってくるけど、勝負のあとはちゃんと握手してくる人が

多く、そういうところはすごいなあって思いました。 (中にはアジア

人が勝負に勝つことを嫌い、コートにNo Allowed Asianアジア人は来るな って書いたやつもいたけど、、、、笑)

そして思ってもいなかったビックチャンス到来!!

大学1年目のシーズンが始まる前、コーチと話す機会があり、その年の

チームがたまたま何人かが事情で辞めていて、Rosterに空きがあ

ったため、運よくチームに入ることが出来た。 ものすごく嬉しく

て夢のような出来事だった。 バスケ大国アメリカの大学のチームに入れるなんてって。

チームの中では僕が身長1番小さくて、

みんな大きかった。 スキルももちろん日本では決して体験できないよ

うな事が、毎日のようにできたので、毎回、刺激を受け、いろいろな

ものを盗んでやろうと思った。 フォーメーションを覚えるのに必死で、コールするのも僕の役目だった

ので、少しでも発音が悪いと通じなく、家で練習していたのも覚えてる。笑 

チームのメンバーはみんなすごい珍しがっていたけど、仲良くしてくれ

るメンバーがほとんどで、すぐにとけこんでいく事ができて、楽しかっ

た。 シーズン中は色々な所に遠征に行き、毎回、大男たちが、

3台ぐらいのバンに乗っての移動。 泊まりで行くことも

多く、2,3日続けて、毎食ファーストフードの時があって、まじあれ

はファーストフード嫌いな僕にとっては最悪。。。  最後の方はコー

チにPleaseの連発で、日本食や中華料理があるところに、連れて行ってもら

った。笑  夜は、みんなでトランプしたり、NBAの試合をテレビで

見たり、しょうもない日本語教えてやったり。


学校生活では同じクラスをとることもあり、数学の統計学(Statist

ics――無茶苦茶言いにくい笑)のクラスではみんな僕に答えを聞い

てきて、1回それが、先生にばれそうになりひやひやした時もあった。。。

 カンニングは下手すりゃ退学食らう時もあるので。。。  

プライベートでも遊ぶことも多く、PARTYしたり、ゲームしたり、全てが良い思い出。


バスケ部に入ったことで、いろんな人と知り合えるのは良かったけど、当時Bakersfieldはア

ジア人はあんまりいない土地柄だったので、バスケ部にアジア人がいる

ことをあまりよく思わない人もいた。 アメフトの選手(特に黒

人)は学校で毎回、僕の前を通るときにいちゃもんつけてきたり、ブル

ースリーの真似をしてきたり。。。 時にはロッカーの中に置いてあ

ったバッシュを鍵を壊されて盗まれたこともあったな。。。

けれど、普段接する人種が黒人だったため、彼らに対してほとんど恐怖心がなかったし、こいつらひがんでんだなとしか思っていなかったし。 

そんなふうに相手にしてなかったら、そういうこともいつしか無くなり、僕には仲間がそれ以上にいたので安心でした^@^   

そんな仲間の中には、僕と同じくらいの年なのに、子供を抱えている選手もいた。 

家族を支えるため、働きながらPLAYしている選手もいて、ハングリー精神は日本人と比べ物にはならないと思った瞬間だった。
  
  バスケ部には2年間在籍して、2年目は試合に出場する時間も少し

ずつ増え、日本では、けっして対戦できないPLAYERとバスケをで

きた事が幸せだった。 何でこんなに速いんだろうとか、高いんだ

ろう、当たりが強いんだろうと単純に思えたのも、楽しかったし、やっぱりアメリカ人

はスタイルが、かっこ良かった。 バスケの事でいろいろ勉強でき

たし、それ以上にたくさんのすごいPLAYERとバスケできたこと

や、見たこと、出会えたこと、馬鹿やって遊んだこと
が何より自分にと

って一番の宝物になった。 

普通に大学いって学校生活を送ってたら体験できないような事も経験したので、そういった意味では自分は充実した生活を送れていたと思い、すごい嬉しかった。




   日本人の留学生をはじめ、沢山の生徒が短大(Community College)から4年制大学に編入(Transfer)するケースが数多く見られます。 僕も、最初は4年制大学に編入しようと試みましたが、色々考えた結果、短大を卒業することに決めました。 上記で書いたように、学校には生活面、学校面でも相談にのってくれるカウンセラーがいます。 もし、短大からの編入を考えているなら、カウンセラーと話して、どのようなクラスをとればいいのかを話し合う事が大切です。 学校にはちゃんとInternational Studentの為のカウンセラーがいるので、安心ですね。 それらのクラスをちゃんととってそれなりのGPA(Grade Point Average)評価の平均値を維持していたら、4年大学への編入は難しくはないと思います。 
4年制大学へ最初から行っても、最初で勉強するのはほとんど一般教養なので、短大でとっても一緒のことです。 そう考えると、入学基準が4年制大学より低く、なおかつ授業料が安い、短大へ最初通う事が利口かもしれません。
 

  生活面で、向こうにはRoommate(同居人)一緒に暮らすことによって、生活費を抑えるというものがあります。 学校にある掲示板でもよく募集しているし、僕がいたカルフォルニア州では、びびなびhttp://losangeles.vivinavi.com/JA/といって日本人向けの情報サイトがありました。 そこで、今挙げたRoommateの募集や、求人情報、個人間での売買などの情報が記載されています。 サイトも実際の留学経験者が作ったものらしいので、大いに留学生、または海外在住者の手助けになると思います。
  

 学校面では、要領よくクラスをとっていくこと大切です。 具体的に言うと、学校には様々な先生たちがいます。 日本に生徒のことを必死で考えてくれる先生と、自分の事しか考えていない先生がいるように、アメリカの大学も同じです。 授業が難しいとか、宿題さえきちんと提出してれば、PASSできるとか、 International Studentの事を考えてくれている先生はどの先生かなどの情報を得ることで、要領よく、勉強環境をつくっていく事が大切です。 僕も、かたっぱしから同じ日本人や他のInternational Studentから先生の情報を得ていました。 必死に勉強することはもちろん重要ですが、成績を上げるにはそれらの事が必要です。 またVisaの関係で向こうでは外国人にあたる僕たち生徒は、毎期間、12Unit(単位)以上、授業を取らないといけません。 また学校の規定上、アスリート(運動選手)も12単位以上、授業を取らないといけません。 またGPA(平均点)2.0以上の成績を修めないといけません。 条件をみたさないと、、試合に出場することが出来ません。 有名なバスケ映画 コーチ カーター でもあったように、バスケが上手だからといって、バスケだけすれば良いとはいかないのです。 勉強と両立させ、なおかつバスケで結果を出していく選手が上に行くのです。 あの最高峰バスケリーグNBAの選手の中に、医者の免許を持っている選手がいるように、上に行った選手はきちんと勉学に対して、それなりの努力をしてきているのです。 いかに、勉強はある程度できなくちゃいけないという言葉が大切かが分かります。    普通のクラスはだいたい3,4Unitです。 きちんと計画を立てて、クラスを取りすぎて全部が中途半端にならないように考慮することが大事ですね^@^



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 バスケのチームメイトと^@^


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 WSZ Crewでパフォーマンス


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 みんなで海でBBQ

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レジーコットン(AND1契約選手)と

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初めてアメリカに渡った高3の夏!

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浪速のRyosukeと

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仲良かったMenelick  2メートル15くらいありました笑
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